『国際諜報局 プレミアム・エディション』DVDオフィシャル・ブログ
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007のスタッフ:製作者ハリー・サルツマン その3<007から去りつつも足跡は残した男>
saltz003  しかし「女王陛下の007」は、主演がショーン・コネリーから新人ジョージ・レイゼンビーに代わったことも災いし、興行的には大失敗。

 そのため、次の作品「007/ダイヤモンドは永遠に」ではブロッコリが主導権を握り、コネリーをボンド役として呼び戻し、スケールの大きな作品に戻したところ大ヒット。方向性の決定的な違いを感じたサルツマンは、「007/黄金銃を持つ男」を最後にイオン・プロダクションを去ったのでした。

 しかし、007シリーズ自体は、ピアース・ブロスナン時代からハード路線を取り戻しはじめ、ダニエル・クレイグの「007/カジノ・ロワイヤル」「007/慰めの報酬」で、究極のリアル&ハードな“ジェームズ・ボンド”となりました。それは奇しくも、サルツマンが目指していたジェームズ・ボンド像そのもの、言い換えれば<『国際諜報局』アクション篇>。

 サルツマンの執念は、新生ボンド映画に受け継がれたようですね。
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007のスタッフ:製作者ハリー・サルツマン その2<『国際諜報局』を成功させた男>
saltz002 そこで、サルツマンは007とは別のスパイ映画の製作を、独自に進めました。それが、レン・デイトンのベストセラー『イプクレス・ファイル』の映画化。彼は“アンチ・ヒーローのスパイ映画”=「国際諜報局」として本作を製作し、まるでブロッコリに対する挑戦状のように、「007/サンダーボール作戦」と同じ1965年に公開しました。

『国際諜報局』の観客は、“007”とは異なる本格派スパイ映画の面白さに気付きました。たちまち評価が高まり、1965年の英国アカデミー賞で、国内作品賞・美術賞・撮影賞の栄冠に輝きました。同年の美術商には「007/サンダーボール作戦」もノミネートされていましたが、受賞は『国際諜報局』のほうでした(どちらも、美術はケン・アダムですが)。サルツマンは、みごとブロッコリの鼻を明かしたわけです。本作の成功によって、2本の続編が作られることが決まり、ハリー・パーマー映画は人気シリーズとなりました。

 ようやく、サルツマンは自分の思うような007、つまりストーリー性とロマンティシズムを重視したボンド・ムービーに着手しました。それが「女王陛下の007」。シリーズ中、もっとも原作に忠実で、ボンドが本来持つハードさを前面に出した作品でした。

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007のスタッフ:製作者ハリー・サルツマン その1<007に最初に目をつけた男>
salz001 『国際諜報局』のプロデューサーであるハリー・サルツマンは、007シリーズの製作者でもあり、「007は殺しの番号」から『007/黄金銃を持つ男』までの9作品をプロデュースしました。実は、最初にイアン・フレミングから映画化権を獲得したのはサルツマンで、ブロッコリが後で製作者として合流したわけです(というか、なかば強引に加わったようです)。

 サルツマンはジェームズ・ボンド=007シリーズを、リアルなスパイ映画として制作することを考えていたのですが、一方のブロッコリは徹底的なエンターテインメントとしての007を目指していました。コネリー時代の初期作品は、相反する彼らの製作志向が良い方向に働き、ハードでリアルな一面をもちつつ、娯楽アクションの要素もふんだんに取り入れた作品でした。

 ところが、「007/ゴールドフィンガー」が世界的に大ヒットし、続く「007/サンダーボール作戦」の製作予算は大幅にアップ。しかしストーリーは原作を離れ、荒唐無稽さが目立ってきました。サルツマンの不満はつのるばかり…

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